「愛情とは人を殺せる物なのだよ」

ふと、この人は小難しく変な事を言う。
例えば伝記の裏だとか、心理学、ジャンルは様々だが理論は正しい事ばかり。
重苦しく夢や希望さえも無くなりそうな現実をこの人は淡々と語る。
今日も其れの類いだろう。

「愛情?」

そうと知ってて俺は聞き返す。
この人は貧欲に愛情を欲するから。
幾ら上げても欲しがる。
そんな物幾らでもやるとて、あの人には全て受け止める器は有るのだろうか。

「例えば母と子が居るとする。…貧民の子は今から富豪に売られて行く。逃げ場は無し。」

解るか?といかにも俺を見下す様に尋ねて来る、貴方。
其れ位は解ります、と少し拗ねた様に言い返して、フィルタを噛む。
きしりと軋んだ紙の感触が嫌いだ。

「母親は子供恋しさに自らの手で子を殺した。そして自らをも殺す。」

少しもオブラートに包まない言葉。
貴方が言うと更に残酷に。
フィルタに火を付けて煙を吸い込む。
しっかり肺に入れて余りを吐き出す。
やり慣れた行為。躯を蝕む行為。

「哀しい話、しかし親子愛と言う美しい話だ。」

うん、と頷きながら貴方。
俺も良い話だとは思う。
もし俺が親の立場であったら…そうするかも知れない。
そう考えたら少し苦しくなって、まだ長い灰皿にフィルタを押し付けた。

「良く言う…心中ですかね」

苦笑して、尋ねる。

多分、一生俺は此の人と心中はしない。
貴方が死んでも俺は生きていく。
貴方が今此処に居たと言う証拠を一つでも多く探して遺して行く。

「そう。あとは独占欲、嫉妬」

誰にも触れさせない渡さない、声を聴かせない笑わせない。全て、自分の物
それなら、殺して仕舞えば。
歪み過ぎた愛。狂わしく甘い。

貴方を殺す積もりは更々無い。
でもたまに、思う。

貴方を独り占め出来たら、
そんな醜い感情を貴方は綺麗だよ言った。
愛してるから産まれる此の感情は綺麗な物なのだよと微笑った。
「嫉妬で愛人を殺す話は五万と有る。其れだけ在り来りで、有りやすい事。」

そう話を続け貴方は笑った。
人は脆い物。幾ら強いとて少しの事で簡単に呆気無く壊れてしまう。
多分、此の人も。そして、俺も。

「…人より、そこら辺の蛆虫の方が強いかもしれんな」

発達し過ぎた人の脳。感情が有り過ぎる人。其れでも俺は蛆虫に産まれず、人間に産まれた事を感謝し様と思う。
不意に貴方は起き上がり、安いパイプベットがギシリと軋んだ。
貴方は薄暗い部屋のカーテンを盛大に音を立てて引き開ける。暗かった外はいつの間にか明るく、陽射しが脳に染み渡りずきりと頭が痛くなる。夜に慣れ過ぎてしまった目は自然と瞼が重く成った。

「出勤時間はもう直ぐだよハボック。朝御飯はまだかね」

真白いシャツを羽織りながらくすりと笑って目を細めた俺を見遣る。
シャツの白さが更に目に痛かった。


結局此の人は貧欲で、此れからも俺からの愛を底無しにねだるのだろう。
俺は貴方から溢れても尚、愛を注ぐのだろう。貴方が死んでも俺は貴方に愛を注ぎ続けるのだろう。
でももし、俺が先に死んでしまったら。
有り得なくは無い。いや、こっちの方が可能性は大かもしれない。
何て事を考え、苦笑い。
はいはい、と俺は相槌を打って、愛しい人の為に愛を此れでめかと詰め込んだ朝飯を作りに、立ち上がった。

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